「D&Iとは、一人ひとり違う私たちの不便さをなくしていくこと」D&I推進に奔走する担当者に話を聞いてみた
突然ですが、皆さんは「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」のことをご存知ですか?
近年、さまざまな場面で聞かれるようになったD&Iですが、実際のところの意味ってなんだろう?どんな取り組みがD&Iにつながるのだろう?と疑問に思ったことはありませんか。ちなみに、私はあります!
総合人材会社であるランスタッドでは、D&Iの活動を社内外にもっと広めていくために、D&Iを推進するための専任チームがあります。今回は、そのチームでマネージャーを務める村松さんに「そもそも、D&Iってなに?」という超初歩的な質問からインタビューしました。
D&Iという言葉の意味はもちろん、D&Iが実現されるとどんな組織になるのか?ふだん生活する中で、D&Iのために何ができるのか?などを、村松さんのご経験や思いも含めてお伝えしていきます。
今回、インタビューを担当したのは、ランスタッドのnoteで編集担当をしているうえだです。
ランスタッドが考えるダイバーシティ&インクルージョンとは?
――まずはじめに、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)について、言葉の意味をあらためて教えていただけませんか?
村松:「Diversity(ダイバーシティ)」は多様性、「Inclusion(インクルージョン)」は受容や包摂を意味します。企業においては様々な属性やバックグラウンドの人材を活用し、組織としての一体感を高める取り組みだということを、いつも入社トレーニングなどで説明していますね。
ランスタッドでは、このD&Iに、公平を意味する「Equity(エクイティ)」のEを加え「ED&I」を掲げています。
D&Iに取り組んでいる会社はたくさんありますが、この「Equity」を取り入れ始めたのはここ2、3年のことです。
「Equity」を導入している多くの会社ではDE&Iと呼んでいるなかで、Eを最初に置いているのがランスタッドの特徴だと思います。
――「Equity」とはどういうことですか?
村松:わかりやすい図があるので、それを使って説明しますね。
上の絵は「みんなで同じ自転車を使う」という図で、平等を意味する「Equality(イクオリティ)」を表しています。でもよく見れば、体の大きさや特性に合っていない人もいて、それぞれが自分の能力を十分に発揮できる状況ではないことも見受けられます。
一方で、ランスタッドが目指しているのは、下の絵のように公平を意味する「Equity(エクイティ)」です。
この考えの前提には、「みんな一人ひとり違う」ということがあります。障害の有無にかかわらず、人はみんな体の大きさが違うし、得意・不得意もそれぞれある。人は一人ひとりが違っているという前提のもと、その人が一番能力を発揮できる環境やツールを組織や会社としてサポートすることがEquityです。
また、ここで重要なのは自転車のかたちを一人ひとりに合わせて変えたところで、他の人が犠牲になっていないことも示されていることです。
「誰かの課題」は仕組みを見直すきっかけにもなる
――Equityが大事なことや、目指していくべきゴールだということも理解しました。その一方で、本当に誰も犠牲にせずにEquityが実現できるものなのかはすこし気になりました。
村松:ED&Iを実現していくというと、誰かの我慢や犠牲の上に成立するものだと考えられがちですが、みんなそれぞれが自分に合うかたちで会社や職場、チームにきちんと参画して能力を発揮できることが一番重要だと思います。
その上で、誰かの意見を取り入れるときに別の誰かが犠牲になってしまうようなケースでは、「どうしてそうなってしまうのか?」を考えていくことがED&Iだと思います。
例えば、働きながら子育てをしている方に、「育児のために夕方早く帰ることで他の人に迷惑をかけているのではないか」という課題があったとします。
もし「早く帰ること=他の人に迷惑をかける」と仮定した場合、介護をしている人や病気で通院しなければいけない人は、みんな誰かに迷惑をかけているということになってしまいますよね。
でも、そもそも「どうしてその課題が発生したのか?」という視点で業務を見直すと、「夕方に会社にいなければいけない理由ってなんだっけ?本当にあるんだっけ?」という疑問が出てきて、働く人の状況ではなく、組織の体制や仕組みを見直した方がいいでは?という話になっていくこともあります。
――なるほど。マジョリティの立場だと、そもそも仕組みから見直さないといけない課題だということに気づけないのですね。
村松:そうなんです。先ほどの図の話でいえば、与えられた自転車が元々フィットしている人は、困っていないからこそ現状に課題があることに気が付きにくいんですよね。
マジョリティ・マイノリティに関係なく、みんなが違う視点でそれぞれにフィットするものを考えながら、効果的に効率アップを目指すというのがEquityなんだと思います。組織全体のパフォーマンスにポジティブな影響を与えられる可能性も持っているんです。
そもそも、マジョリティかマイノリティで人を分けることはできないと思っています。同じ人でもAの場面ではマイノリティだけど、Bの場面ではマジョリティということはよくあると思うんですよね。
ランスタッドでも管理職のなかでは女性はマイノリティですが、全国にある各拠点のなかでは女性のほうがマジョリティだったりすると思います。
どの局面においても「マジョリティの立場だと見えないものがある」という前提を忘れず、マイノリティの声をちゃんと聞ける状況をつくっていける組織である必要があります。
「不便さをなくしたい」マイノリティを身をもって体験したからこそ生まれた思い
――ランスタッドでは、村松さんにご入社いただいてから、ED&Iが大きく進んだように感じます。そもそも村松さんがED&Iに出会ったきっかけや、ED&Iを仕事にしようと思った理由もお伺いしたいです。
村松:2社目に入った企業で、結婚や出産、育児が女性の退職理由になっていることを知り、びっくりしたというのが私の原点です。
ライフイベントを期に、辞めたくないけど辞めなくてはいけない雰囲気を感じて何となく辞めていく女性社員、辞めてほしくないけど引き止められない男性上司のそれぞれから話を聞いて、「なんてもったいないんだろう」と思ったことがきっかけになっています。
そのときはもちろんダイバーシティという言葉も全然浸透していませんでしたが、人事の立場であれば、このもったいないことを解決することができるんじゃないかと思ったんです。
また、私自身も一人の母親という同じ立場のはずなのに、転職で入社した自分は働けて、どうしてこの人は子どものために仕事を辞めなければならないんだろうとも思いました。何が違うんだろうって。
そういう意味では、その状況を目の当たりにして、「この会社に自分の居場所がちゃんとあるのかな」と疑問に思ったというのもあるかもしれないですね。
――今振り返ると、子育てをしている母親としての自分にマイノリティさを感じたということでしょうか?
村松:そうですね。今思えば、当時は私自身がどの切り口においても、全てマイノリティ側にいた気がします。その会社では中途採用自体が数%で、そのうち女性は2人だけ。地方の会社だったこともあり、出身地に関してもマイノリティでしたね。
戸惑うことも多かったですし、どう振る舞ったらいいのかわからないことだらけでした。ですが、そのときの上司がすごくいい方で、私のそういうマイノリティさを含めリスペクトしてくれていたんです。それで何とかやっていけたのだと考えています。
――マイノリティだと感じる場面がいくつかあるなかで、「自分をマジョリティに寄せよう」という考えにはならなかったのでしょうか?
村松:もちろんそれはありました。ただ、マイノリティであること自体が嫌だったわけじゃないんです。マイノリティであることによる不便さをなるべく避けたかったんですよね。
新卒入社が当たり前だった2社目では、中途入社したことがマイノリティだったので、社内で“同期“の話題になると、その都度、新卒としての同期はいないことを説明する必要があるなど、細かい不便さがありました。
なので、自分をマジョリティへ寄せようという感覚もすごくよくわかります。私も組織になじむための振る舞いをいろいろと試しました。でも年齢や採用の経緯、一般職ではないことなどは、私の努力ではどうしようもできないことなんですよね。それはもう不便さを享受するしかなかったです。
――ご自身もそういう不便さを受け入れてきたなかで、なにがきっかけでED&Iの活動を始めていくのでしょうか?
村松:そうですね。ERG(Employee Resource Group)のようなかたちで、子どもがいる女性社員同士のネットワークを作ったことが始まりでした。
2社目に入ってすぐのときに、社内報の自己紹介欄に子どもがいることを書いたら、「実は私も子どもがいるんです」と隣の部署の女性が声をかけてきてくれて、子どもがいる女性社員で定期的なランチ会をやるようになりました。
子どもが生まれて復帰した人や妊娠中の方も参加するようになれば、出産や子育てを理由に会社を辞めなくてもいいんだという認識が広がるかもしれないと、草の根的なED&I活動の一歩でしたね。最初はアンオフィシャルな会でしたが、徐々に産休前の女性社員の面談をしたり、オフィシャルな仕事になっていきました。
人材会社のED&I担当者が考える、ED&Iが実現した社会
―― 村松さんが考えるED&Iが実現できた社会とは、どのような社会でしょうか?
村松:“ED&Iの担当がいなくてもいい社会”が、一番のゴールだとは思います。
採用や育成、登用など社内の全ての業務において「一人ひとり特性は違うから、それぞれに合ったものを提供しよう」ということが会社全体のオペレーションに入っていれば、もはやED&I担当は必要ないじゃないですか。
働く人全員が「自分では見えてないものがあるから、他の人の意見を聞いてみよう、他の人の意見を反映させよう」となれば、それがインクルーシブな環境だと思うので、ひとつの理想です。
ただどうしても、人が生きていく上ではアンコンシャスバイアスと言われるような、思考のフィルターみたいなものも必要なんですよね。全員の視点を考えることは不可能なので。
ED&I担当をしている私にも、やっぱり無意識のバイアスはあります。だからこそ、自分のなかにもバイアスがあり、見えていないものがあることを日々意識するようにしています。
そういう意味では、どうしてもアンコンシャスバイアスというものをなくすことはできない中で、見落としているものを伝える役割の人が組織に一人は必要なんじゃないかとも思います。
――ちなみに、村松さんの視点から、ランスタッドにまだ足りていない部分やこれから改善していきたいことはあるのでしょうか?
村松:ランスタッドには、人に興味があって人をサポートしたいと思っている人が非常に多いですよね。なので、ED&Iは非常に進めやすいです。ただそのなかでもまだゴールに達していない部分はあると思っています。
例えば、会社全体の女性比率が約50%なのにも関わらず、管理職における女性比率はまだ30%に達していません。こういった数値は、その組織が本当にエクイティなのかを示すものなので、現状を見直していく必要があると考えています。
また、私たちは総合人材会社として、スタッフの皆さん、候補者の方々にもEquitableな環境を提供する必要がありますが、その点においてはクライアント企業に働きかけるなど、まだできることがあると感じています。
さらに言えば、ランスタッドがEquitableな環境を整えようとする企業のパートナーとしてサポートできる状況が理想です。ゴールに近づいてはいますが、まだまだ先ですね。やるべきことはたくさんあります。
「ダイバーシティ&インクルージョンが社会をよりよくする」という確信があるから進んでいける
――ED&Iの活動をしていると少なからず反発もあるかと思うのですが、村松さんが今の活動を続けていくモチベーションはどこから来るのでしょうか?
村松:自分のためにもなるというわりと個人的な思いが強いから、続けてられているのかもしれないです。
正直、仕事だと思って取り組むとくじけることもやっぱりあるので。時には「誰のためにやっているんだろう」、「誰も幸せにしていないんじゃないか」と目的や意味を見失うこともありますが、「もっと幸せな人が増えればいいな」とか「自分がもっと生きやすい社会になればいいのに」という個人的な感情はモチベーションになっていると思います。
社会をよくしていくために必要なことだという確信があるから続けられているんだと思います。
――そうなんですね。村松さんが今のお仕事されているなかで、喜びを感じる瞬間などはありますか?
村松:社内の様々な場面でED&Iについて社員の方からの発信があることですね。
例えば、社内研修の一環で提案された新規ビジネスのテーマがED&I関連ばかりだったときや、シニアリーダーのコラムの中でED&Iが頻繁に取りあげられているのを見たときなど、みなさんの意識の中にED&Iの存在を感じられると、とてもやりがいや喜びを感じます。
――最後に、ED&Iに興味はあるけど何から始めたらいいかわからない人に向けて、アドバイスをいただけますか?
村松:本を読んだり、WEB記事を見たり、情報に触れることは知識を得るうえでもちろん大事だと思います。だけど、「ダイバーシティというものが、自分自身も含めた生活や、人生を良くしていくために役立つんだ」という確信を持つことが一番大事だと思うんですよね。
そういうスタンスでいれば、おのずと知識や情報は入ってくると思います。アンテナが張られている状態になるので、テレビやWEBを見ているときも気づきやすいはずです。
あとは、ED&Iを広げていく・知ってもらうという意味では、ED&Iについて知ってもらいたい人と会話をするのもひとつですよね。
私には娘と息子がいますが、「ダイバーシティってどういうことだろう」というような話はよくします。
子どもたちに幸せな人生を歩んでもらいたいという気持ちはもちろんありますが、何よりも彼ら自身が社会に主体的に関わる必要があるとも思っていて。「社会はこうだからしょうがない」ではなく、「自分にもできることがある」ということを伝えたいと思って話しています。
私自身がED&I担当者としてランスタッドがEquitableな環境になることに少しでも貢献できていれば、きっとそれは子どものロールモデルになると思います。これからも取り組んでいる姿勢を示していきたいです。
――そもそもED&Iとは何かという超初歩的な質問から、村松さんのED&Iに対する思い、私たちがいますぐ始められることまで、貴重なお話をたくさんありがとうございました!
【お知らせ】東京レインボープライド 2024にランスタッドも出展します!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
執筆:花沢亜衣
編集:水野圭輔、うえだ、はせがわ